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『事故物件 恐い間取り』レビュー  2020年8月公開

どうも、こびとです。

まだまだ暑さが続く今年の夏。気分だけでも納涼ということで、ホラー映画を見てきました。最近はウイルスの影響もあり、映画館はガラガラ。座席も一つ飛ばしで座るという徹底ぶりで、東京なら虹色のステッカーがもらえるディスタンスフルな映画館。

 

そんな状態だから快適なんだが、こうしてじっくり腰を据えてホラー映画はいつぶりだろうかとか思いながら見た。

前回に見たのは確か、、ホラーとはちょっと違うかもしれないけど、『悪魔のいけにえ』だった気がする。『Dead by Daylight』のカニバルのやつ。チェーンソー振り回して追い掛け回す。怖さとグロさが両方来る、ちょっとオカルト要素もある映画だ。

 

話しがわき道にそれてしまった。

こう見えて、どう見えてるかわかりませんが、個人的には意外と好きだったりもするホラー映画。

ホラー映画の価値はとにかく怖がらせることにあると思う。怖くさせてたら勝ち。でも人間の恐怖ってのはいっぱいあって、どこの何に恐怖を感じるかわからないものである。例えばピエロを怖いって言ったり、天然の女の子を怖いと言ったりすることだってある。

 

その意味で今回の『事故物件 怖い間取り』は典型的なお化け屋敷的な怖さであった。

ドーン・バーンといった大きい音、急に出てくるおばけ、それにより身体および精神的苦痛を受ける。

こういうお化け屋敷が提供できる怖さである。

 

確かにこれも恐怖だろう。

いつ来るかわからないものに備えなければならない、言ってしまえば安心を提供させない怖さである。

絵的にも恐怖感はあったし、逃れられないとか超常現象的な、といった人智の至らない現象に対する恐怖、というのは存分に伝わった。

個人的にはびっくりはするが、恐怖というまでのことではなかった。

 

だが、これだけ言いたい。

 

他の要素が多かった

 

恋愛、お笑い、感動。この映画はそれすらも補おうとしていた。

この要素が薄くなってしまうホラー映画で、こういうものを詰め込もうとするとホラーが薄れてしまう。

 

 

さらに本作では主人公の内的要因でホラーたるものが薄れてしまう。途中からなんかこの主人公だったらこの展開になっても仕方ないよねっていう感覚を抱きながら見てしまう。

そこに引っ掛かりを覚えるのだ。

 

いきなり出てくるお化け、抗えない超常現象、

人智を超えたどうすることもできない、ただあるのは恐怖。

 

それが今作ではホラーとなりうるのに「この展開になっても仕方ないよね」と思わせるのは些か矛盾が生まれている気がする。いや矛盾とまで言わなくてものどに詰まった小骨のように、引っかかるのだ。

 

で、もう少し書くと、世の中には残念ながら事故物件となってしまう物件も少数だがあるだろう。そういったものへの配慮みたいなものが、脚本に現れこの小骨を生み出したのではないだろうか。という余計な詮索まで生み出してしまう。

 

最後に、映画のラストに衝撃的なシーンを作るが、ありがちだった。

安物っぽさを出すくらいならなくてもよかったのではないか?と思う